今でこそスタンダードな楽器ですが、「フェンダー・プレシジョンベース(プレベ、P-Bass)」は、1951年当時としてはまさに「イノベーション(新機軸)」でした。電気的な機能はもとより、フレットの恩恵によって正確(Precision)な音程が得られることで、何か楽器を始めようという人がベースを選択するハードルが大幅に下がりました。フレットの存在によって「チョッパー奏法」が発明され、フレットのあるベースが一般化したことから「フレットレスベース」という新しい言葉が生まれたほどです。フェンダーのプレベこそ、「音楽を変えた楽器」なのです。
今でこそ後継機「フェンダー・ジャズベース」に「ベースのスタンダード」の地位を譲っている印象は否めませんが、プレベのサウンドにはしっかりとしたアイデンティティがあり、今なお多くのベーシストに支持され、かつバンドメンバーに求められることすらあります。プレベはコピーモデルも多く出回っていますが、やはりホンモノを検討したい、という人は第一にフェンダーをチェックすべきでしょう。そんなわけで、ここではフェンダーの上位機種、いわゆる「フェンダーUSA」のプレシジョンベースをチェックしていきましょう。
THE BAWDIES / “NO WAY” MUSIC VIDEO
スーツをビシっと着こなす姿が印象的なロックバンド「The Bawdied(ボォディーズ)」。フロントマンのロイ氏は、ヴィンテージモデルも現行のモデルも使用しています。ボォディーズのオールドスクールなサウンドにプレシジョンベースのサウンドが見事にマッチしています。
現在フェンダー・プレシジョンベースは、二つの自社工場(USA、メキシコ)と日本の提携工場で作られています。これら3工場はそれぞれに生産するモデルが割り当てられており、各工場は製品をしっかり完成させて出荷します。ですから同じモデルを手分けして生産しているわけではありません。今回チェックするいわゆる「フェンダーUSA」は、アメリカ合衆国カリフォルニア州コロナ工場で作られる「フェンダーではもっともグレードの高いラインナップ(「フェンダー・カスタムショップ」は別ブランド)」で、モデル名に「アメリカン」が付けられます。
コロナ工場では、
という3つのシリーズを担当しているほか、一部のアーティストモデルも作っています。
まずは価格帯からUSAの立ち位置を見てみましょう。
図:USAとMEXプレシジョンベースの価格帯(アーティストモデルを除く。2018/10月時点フェンダー公式サイトより)
USAプレシジョンベースの価格帯は¥185,000〜¥249,800、エンセナダ工場製(MEX)プレシジョンベースの価格帯は¥64,800〜¥162,000と、明瞭に住み分けられています。今のフェンダーで「スタンダード(標準)」とされているのは、メキシコ・エンセナダ工場製の「スタンダード・プレシジョンベース(¥83,500)」です。現在ではメキシコ製品が標準機であり、USA製品は上位グレード、またはこだわりの逸品という扱いだとわかりますね。フェンダーの生産体制、メキシコとの関係については、こちらも参照してください。
コロナ工場で作られる、フェンダーUSAジャズベースについて
Two Wounded Birds perform Together Forever on the BBC Introducing Stage at Glastonbury 2011
ロンドン発のローファイ・サーフポップバンド「Two Wounded Birds」。惜しくも解散しましたが、淡々と演奏するベーシスト、アリー・ブラックグローヴ女史の演奏する’70Sプレシジョンベース、とてもズ太いですね。こうしたジャンルでは、シャリシャリのギターとボコボコのプレベというマッチングがひとつの様式美です。
上位グレードとされるUSAは、標準機とどれくらい違うのでしょうか。USA製とメキシコ(MEX)製それぞれから、モダンスタイルのベースをピックアップしてみましょう。
上:American Professional Precision bass
下:Standard Precision Bass
何と10万円もの価格差がある比較となりますが、仕様にこの差はどう表れるのでしょうか。
USA、MEXともに「アルダーボディ+メイプルネック」という木材構成は共通しています。フェンダーからの公式な情報は得られていませんが、「上位グレードの製品の方が、木材のグレードは高い」という考え方が一般的です。
明確に違いが出るのは指板材で、
USAで採用しているローズウッドは、エレベの指板材としてスタンダードであり、人気の高い木材です。しかし、国際条約の規定によって流通のハードルが高くなっています。いっぽうMEXで使用されるパーフェローは、ローズウッドとエボニーの中間くらいの音響特性を持つ銘木です。原価ではパーフェローの方が高価ですが、ベースの指板としてはローズウッドの方が人気があり、パーフェローはあくまでも代替材ですから、USAの方が価値が高い、と考えられます。
ボディとネックの塗装については、ちょっとした違いを見ることができます。
アメリカン・プロフェッショナル(USA) | スタンダード(MEX) | |
ボディ塗装 | グロス(ツヤツヤ)・ポリウレタン(5色) | ポリエステル(2色) |
ネック塗装 | 裏面はウレタンのサテン(サラサラ)仕上げ、ヘッド正面及びメイプル指板はグロス・ウレタン | ティンテッド・サテン・ウレタン |
表:USA × MEX 塗装の仕様比較
ヴィンテージ系の高級機ならココで「ラッカー塗装」が登場するところですが、機能性を重視するモダンスタイルでは、強度と安定性にすぐれる新しい塗料が使用されます。塗料がウレタンなのかポリエステルなのかではグレードの上下を語りにくいところですが、USAはカラーリングの選択肢が多く用意されています。
ネックについてはUSAに工程が一つ多く、正面に磨きがかけられます。MEXネック塗装の「ティンテッド」は「染める」という意味です。メイプル材の色調には個体差があり、中には妙にまっ白いものもあります。木材を染めることで色調の個体差をなくそうというわけですが、いっぽうでUSAでそれをしないのは、「もともとの色調までUSA用ネック材の基準に合致した木材」が使われている、と言うことだと考えられます。
両機ともモダンスタイルのプレベということで、
ネックのこうした仕様は共通しています。他にどんな違いがあるのかを見てみましょう。
アメリカン・プロフェッショナル(USA) | スタンダード(MEX) | |
フレット | ナロー・トール | ミディアムジャンボ |
ネックシェイプ | “1963C” | モダン”C” |
ナット材 | 牛骨 | 人工骨 |
トラスロッド | ジョイント側に開口 | ヘッド側に開口 |
トラスロッドを除く内部構造 | 二本のグラファイト製ロッドが仕込まれ、ネック剛性を強化 | 木 |
表:USA × MEX ネックの仕様比較
細めで背の高い「ナロー・トール・フレット」は、音の立ち上がりとピッチ感、押さえやすさにすぐれたフェンダーの新機軸です。厚みを残しながらもややスリム感のある”1963C”ネックシェイプと相まって、スムーズかつ快適な演奏ができる「新しい演奏性」です。対するMEXのフレットとネックは、現代仕様の標準と言えるでしょう。
また、アメリカン・プロフェッショナルのネックには二本の補強が仕込まれていますから、弦高の張力や環境変化に動じない頑強さがあります。
操作系に目立った違いはなく、最大の違いはピックアップにあります。
MEXが標準的なピックアップを踏襲しているのに対し、USAには新規開発された「V-Mod」ピックアップが搭載されます。「V-Mod」は弦ごとに適切なマグネットを検討するというアプローチで開発されたピックアップで、倍音が整えられたモダンなサウンドの中核を担います。
アメリカン・プロフェッショナル(USA) | スタンダード(MEX) | |
ブリッジ | HiMass Vintage | Pure Vintage ’70s with Single Groove Saddles |
ペグ | 軽量なヴィンテージ・スタイルで、シャフトに特殊加工 | スタンダード・オープンギア |
MEXがここではヴィンテージ・スタイルを選択しているのに対し、USAでは現代的な部品が使われています。「HiMass(ハイマス)」ブリッジは重厚で安定度が高く、サスティンが豊かに伸びます。弦は通常の張り方に加え、弦ごとに「裏通し」も選択できます。通常の張り方をすればややヴィンテージ・スタイル寄りの感触に、裏通しにすればバリバリのモダンです。
ペグについてもUSAでは新しいパーツが採り入れられています。フルーテッドチューナーは「テーパー加工」したシャフトにより、弦をキッチリ整然と巻きつけやすくなっています。
以上、10万円もの価格差がある比較でしたが、USAは
と言った特徴があり、これが価格差ひいてはグレードの差に表れているのだと考えられます。フェンダーでは材料の希少性をあまりアピールしない代わりに、特にUSAモデルでは新開発や新発想という「新しい価値」が提唱されています。
My Girl
テンプテーションズの名曲「マイ・ガール」。モータウンのノリを支えたジェームス・ジェマーソン氏は、プレシジョンベースを人差し指のみで演奏する独特のスタイルで後進に影響を及ぼしました。「歌もののにはプレベ」と言われるのも、こういう名演あってのことです。
それでは、現代のフェンダーUSA・プレシジョンベースのラインナップをチェックしていきましょう。
現代のラインナップは、
というように、「モダン(現代的)な演奏性」に目を向けたものになっています。ベースの歴史を最初から背負ってきたフェンダーが到達した「最新の演奏性」によって、ストレスなく純粋に演奏を楽しむことができます。また出荷時の調整にも余念がなく、そのままライブや録音の現場に持っていくことができます。