「フェンダー・プレシジョンベース(プレベ、P-Bass)」は「エレクトリック・ベースの元祖」としてあまりにもスタンダードなベースの一つです。あらゆるジャンルにフィットできるオールラウンドなベースとしては、後継機のジャズベースに第一位を譲っている印象ですが、「全てのベーシストの心のどこかにプレシジョンベースはある」と言われるほどの個性と存在感があります。今回は、そんなプレシジョンベースの普及価格帯を担当する、メキシコにあるフェンダーの自社工場、バハ・カリフォルニア州エンセナダ工場で生産されているメキシコ製(MEX)プレシジョンベースをチェックしていきましょう。
Saya Gray Demos The Player Series P-Bass® | Fender
「フェンダーの素晴らしさは、さまざまなグレードが用意されているところ。自分に合ったベースから初めて、次のレベルへ進むことができる」と語るサヤ・グレイ氏。プレイヤー・シリーズのプレシジョンベースは、伝統を受け継いだ由緒正しいスタイルに、ジャズベースにも似た高い演奏性が加わっており、これからベースを始める人、格安のベースからステップアップする人にぴったりです。
フェンダー自体はUSAの企業ですが、「スタンダード・プレシジョンベース」がメキシコ工場で生産されていることからもわかるように、メキシコ製の「普及価格帯モデル」こそが、現代におけるフェンダーの「スタンダード」だと位置付けられています。
そもそもレオ・フェンダー氏が「フェンダー・テレキャスター」を開発した際には、「良い楽器を作る」という目的に加え、「合理的な設計と生産体制によって、低価格な製品を効率的に生産し、ビジネスとしてしっかりと利益を上げる」というコンセプトがありました。その意味では、「コストを抑えられるメキシコで作った普及価格帯のベースこそが、まさにフェンダーのベースなのだ」と言えるでしょう。いわゆるフェンダーUSAや、フェンダー・カスタムショップは「上位モデル」という扱いです。
USA製、MEX製プレシジョンベースの価格帯がいかに住み分けられているかについては、当サイト記事「コロナ工場で作られる、フェンダーUSAプレシジョンベースについて」を、フェンダーの生産体制、USAとMEXを分けてとらえる考え方については「コロナ工場で作られる、フェンダーUSAジャズベースについて」を参照してください。
フェンダー社製ベースの「USA vs MEX比較」は他の記事でも行っていますが、ここでも試みてみましょう。今回は、この二つを比べてみます。
なんと2倍以上の価格差がありますが、どちらもPJピックアップ仕様、プリアンプを備えるアクティブ・ベース、というバリバリのモダンスタイルです。
このモデルを比較し、MEXのプレシジョンベースがどういうものなのかを検証してみます。
デラックス(MEX) | アメリカン・エリート(USA) | |
木部 | アルダーボディ、メイプルネック(4点留め)、パーフェロー指板 | アルダーボディ、メイプルネック(5点留め)、エボニー指板 |
ペグ | 標準的なオープンギア | 軽量な特別製 |
ブリッジ | 頑強な「HiMass」 | 裏通しもできる「HiMass」の上位機種 |
ピックガード | 3P | 4P |
表:MEX vs USA、楽器本体の仕様比較
二つのプレベをおおざっぱにとらえると、「アルダー製のボディにメイプル製のネックをネジ留めする」というフェンダーの王道スタイルに、「質量のあるゴツいブリッジが搭載」されている、というものだということがわかります。USAではペグの軸に弦をきっちり巻きつけやすくなっていたり、ボディの裏側から弦を張ることができたりと嬉しい機能が追加されていますが、MEXの機能は基本的かつ十分な範疇でとどめている印象です。
デラックス(MEX) | アメリカン・エリート(USA) | |
ネックシェイプ | 標準的なC シェイプ | CからDへと変化 |
ネック裏の塗装 | サラサラのサテン仕上げ | 同左 |
指板R | 12インチ(なかなか平たい) | 9.5インチから14インチへゆるやかに変化 |
フレット数 | 20 | 21 |
フレット | ミディアムジャンボ | 同左 |
ナット幅 | 1.5″ (38.1 mm) | 1.625″ (41.3 mm) |
表:MEX vs USA、ネック仕様比較
ネック仕様を比較すると、「グレード差というより方向性の違いが出ている」という印象です。USAではネックグリップ、指板Rともに「コンパウンド・ラジアス」仕様となっており、ポジションごとに理想的な演奏性が得られます。MEXでは標準的なネックグリップに現代的な指板Rとなっています。
注目すべきはフレット数とナット幅ではないでしょうか。アメリカン・エリートは伝統的なプレベから1フレット追加した21フレット、デラックスはプレベの標準からするとかなりスリムで、むしろジャズベースに近い握り心地になっています。
デラックス(MEX) | アメリカン・エリート(USA) | |
リアピックアップ | ニッケル製ポールピース、セラミック磁石を使った、デュアルコイル式ノイズレスピックアップ | 第4世代ノイズレスピックアップ |
ミドルピックアップ | ヴィンテージスタイル・スプリットコイル | エリート・プレシジョンベース |
操作系 | マスターボリューム、低域/中域/高域のブースト/カット、パンポット(バランサー)、アクティブ/パッシブ切り替えスイッチ | 同左(これに加え、パッシブ時にもトーンが使える)。9V乾電池2個を使用する18Vのプリアンプ |
表:MEX vs USA、電機系の比較
さすがに世界的なピックアップメーカーでもあるフェンダーだけに、ピックアップはそれぞれ専用のものが開発されているようです。リアピックアップは両機ともノイズレス仕様ですが、MEXはかなり攻めたモダン系、USAの第4世代ノイズレスはヴィンテージ系の個性を持っているといわれています。
プリアンプの機能も充実しており、積極的なサウンドメイキングができます。MEXではアクティブでの使用が前提らしく、パッシブモードはオマケ的な扱いの印象です。USAではトーンも使えるようになっており、パッシブ・ベースとしてもしっかり使えるようになっています。
以上、目立った仕様を見比べました。機能/性能という点でMEXはシンプルにまとまっている印象ですが、「ほぼ2倍という価格差」を考慮すれば、かなり頑張っているように見えます。限られた予算をアンプやエフェクタ―に回すことができると考えれば、MEXはかなり魅力的な選択肢になりますね。なお、この価格差は人件費の差に加え、パーツそれぞれの価格差が集まって膨れ上がったものと考えられますが、「木材のグレードにも差がある」という考え方が一般的です。
ただ、
という点に注目すると、私たち弾き手は「演奏性と音」で判断すればいい、と言うことができるでしょう。
現代の音楽や演奏性を意識した「モダン系」、50年代当時のスタイルを継承した「ヴィンテージ系」と表現されますが、どんなところに違いがあるのでしょうか。こんどはMEX同士で、モダン系とヴィンテージ系の比較を試みてみましょう。
比べるのはこの二つです。
10万円近い価格差のある比較ですが、グレードとは違った相違点を探してみましょう。
ボディや指板のカラーリングなどを除けば、両者にはそれほどの違いを見つけるのはなかなか難しいことです。じろじろ見なければほぼ同じと言ってもいいでしょう。しかし小さな違いをいくつか確認することができます。分かりやすいのはピックガードを留めるネジやネジ穴、ヘッドにつけられたストリングガイドの位置です。
【モダン系】PLAYER | 【ヴィンテージ系】ROAD WORN ’50S | |
ピックガードを留めるネジの本数 | 13本 | 10本(これに加え、フィンガーレスト、ピックアップフェンスのネジ穴もあり) |
ストリングガイド位置 | A弦ペグにかなり近い(ナットからやや離れる) | A弦ペグとはやや離れている(比較的ナットから近い) |
ボディ塗装 | グロス(ツヤツヤ)ポリエステル | ニトロセルロースラッカー |
表:見た目でわかる新旧の違い
「13本留め」のモダン系は、長期間使ってもピックガードが浮き上がったりめくれてきたりする恐れはほぼありません。「10本留め」のヴィンテージ系は、ピックガード自体が金属製なので、そうそうめくれてくることはありません。
ストリングガイドの位置は、なかなか興味深いポイントです。ペグのストリングポストとの位置関係を良く見比べると、モダン系は近く、ヴィンテージ系は遠いですね。しかしこれ、本当の意味はペグとの距離ではなく「ナットとの距離」にあります。ナットにやや近いヴィンテージ系は、ナットにかかる弦の角度が若干きつく、G弦とD弦のテンションが高くなります。反対にモダン系のストリングガイドはナットから遠ざかりますから、ナットにかかる弦の角度が緩やかになり、G弦とD弦のテンションが若干さがり、押さえやすくなります。
上:PLAYER PRECISION BASS
下:ROAD WORN ’50S PRECISION BASS
塗装にも注目してみましょう。現代の木製楽器では、塗料にポリウレタンやポリエステルが使用されるのが一般的です。これらは楽器に限らず現代の塗装で使用されるもので、仕上がりが美しく、傷がつきにくく、めくれたり剥がれたりしにくい、といった性能が日々進化しています。これに対してラッカー塗装は、独得な手触りや経年変化の面白さを好むファンが大勢います。しかしこれは言わば旧式な技術であって、製造業的には「わざわざこだわって使う」という性質のものです。したがってフェンダーでラッカー塗装が採用されるのは、グレードの高いヴィンテージ系モデルに限られます。
ネックの仕様はなかなかに違いがあります。一般的には現代的な設計の方が弾きやすいと考えられますが、フェンダーのような歴史のあるブランドでは、当時の弾き心地をこよなく愛するファンも多くいます。
【モダン系】PLAYER | 【ヴィンテージ系】ROAD WORN ’50S | |
ネック材料 | メイプル | 同左 |
ネック塗装 | サラサラの裏、ツルツルの表 | Road Wornウレタン |
ネックシェイプ | Modern “C” | C Shape |
指板材 | メイプルもしくはパーフェロー | メイプル(指板と一体) |
弦長 | 34″ (864 mm) | 同左 |
指板R | 9.5″ (241 mm) | 7.25″ (184.1 mm) |
フレット数 | 20 | 同左 |
フレット | Medium Jumbo | Vintage Style |
ナットの材と幅 | 人工骨、1.625″ (41.3 mm) | 人工骨、1.75″ (44.45 mm) |
トラスロッド開口 | ヘッド側 | ボディ側 |
表:MEXプレベ新旧ネック比較
ネック材料と弦長は同じ、ネックシェイプもまあまあ同じですが、モダン系(PLAYER)の方が指板が平たく、フレットは大きく、ネックの幅は狭くなっているのがわかりますね。現代では一般的に、このようなネックの方が弾きやすいと考えられています。だからといってヴィンテージ系のネックが弾きにくいかというと、開発の時点で演奏性の合格ラインを超えた設計なのですから、そうでもありません。「伝統的なプレベというものは、そういうものだ」という考えでヴィンテージ系を選択するベーシストも多くいます。これについては、実際にショップで試奏してみるのが一番です。
トラスロッドがどちらに開口しているのかもちょっとしたポイントです。伝統的な設計ではボディ側に開口していますが、これを調整しようと思ったらいちいちネックを外さなければなりません。
では、ここからメキシコのエンセナダ工場で作られるプレシジョンベースのラインナップをチェックしていきましょう。MEXのプレベは、モダン系、ヴィンテージ系のレギュラーモデルに加え、アーティストモデルが充実しているのが特徴です。