「サイトーギターズ(SAITO GUITARS)」は2014年設立、2015年にソリッドギター第一号を発表、という若いブランドです。ソリッドギター「S」シリーズは、ポイントを絞ったシンプルかつ斬新な設計、品質に反する低価格、カラーリングの自由度などが支持され、大ヒットとなりました。この「S」シリーズのコンセプトを出発点とし、2019年1月末、ついに2タイプのベースが発表されました。今回は満を持して発表された4弦/5弦の二つのベースに注目していきましょう。
現在のサイトーギターズは、埼玉県川口市に事務所兼工房を構え、
といったラインナップを国内生産しています。ギターブランドを立ち上げる前に手巻きピックアップブランド「サイトーン(SAYTONE)」を立ち上げ、クルーズ社の製品に採用されるなど高く評価されます(現在、ピックアップ単体での販売は停止)。このSAYTONEピックアップを使い、永年の使用に耐えるしっかりとしたギターを、3D-CADやCNCルーターを駆使した合理的な工法で個体差なく作り、その上で低価格化に成功したことから、「S」シリーズが大いに評価されています。
サイトーギターズを統括する齋藤正昭(さいとう・まさあき)氏は、都内楽器店のリペア担当や国内楽器工場勤務でキャリアを積み上げます。1991年に独立して「齋藤楽器工房」を立ち上げ、まずはギター/ベースのリペアを主な業務としました。オリジナルのギターやベース、アンプ、ピックアップなどの開発を並行し、立ち上げた「SAYTONE」で成功を収めます。
現在の工場に移転したのは2012年、2014年にはSAYTONE搭載のフルアコ「M」シリーズで手ごたえを感じ、本格的に製造業へと転身します。「S」シリーズの発表はその翌年、2015年です。製品には20年以上にわたるリペア経験が大いに活かされ、長期的な使用に耐える頑丈な構造、どんなジャンルでも最高の音が出せる優秀なピックアップ、個人の好みの範囲を越えた弾きやすさという高い基本性能を誇ります。
SAITO GUITARSのギターについて – エレキギター博士
男の意地と執念が生み出した革新的ギター:SAITO GUITARS訪問インタビュー – エレキギター博士
発表されたベースは、基本的なスタイルが共通した
の2モデルです。ここではまず4弦モデルのS-420bをピックアップして、その細部に迫っていきましょう。
S-420b
JBスタイルの「S-420b(ソリッド、4弦、20フレットのベース)」。ピックガードやコントロールプレートを使用しないスッキリした外観です。この一見シンプルな本体の設計には、ヴィンテージギターを含むあまたの楽器をリペアした経験が、存分に生かされています。
S-420b ヘッド部
S-420bのヘッドは平行四辺形と曲線を組み合わせた個性的なデザインで、シルエットだけでサイトーギターズの製品だと判別できます。ナット部で弦が横に流されることなく、まっすぐストリングポストに達するよう計算されており、弦に余計なストレスがかからない仕組みです。このヘッドで最も特徴的なのは、指板の高音側が伸びて、ヘッド根元部分を補強している点です。
ヘッドは頑丈そうに見えて、長期的な使用で変形することがあります。経年変化でねじれたり弦張力の影響で順反りしたりすると、ナットにかかる弦のテンションが減少し、チューニングが不安定になったり鳴り方が変わってしまったり、といった不具合が起こります。
低音側はペグからナットまでの距離が短く、仮にヘッドが変形したとしても影響はごくわずかです。反対に高音側はその距離が長く、変形の影響を大きく受けます。特にベースではG弦とD弦のほうがA弦とE弦より張力が強いですから、高音側の変形を未然に防ぐこの設計のメリットは、ギターよりも大きいと考えられます。
指板を横から見ても、フレットのタングは見えません。
サイトーギターズではCNCルーターを駆使した、高精度な木工が行われます。指板の加工はその最たるもので、指板の外側を残す形で溝を切り、ここにフレットを収めます。通常の設計ではフレットの本数だけ切込みが入れられるわけですから、たとえ硬質な指板材であるとはいえ、反りやねじれに対する強度がある程度損なわれてしまいます。これに対して外側を残すことで、指板自体の強度を確保できるわけです。両側に木材を貼りつける「ウッドバインディング」でも見た目は同じような仕上がりにできますが、強度の面ではこれに及びません。
フレットはこの溝に収まるよう、タング(指板にめり込む部分)の両端を切り落として使用します。この工法によって、たとえネック痩せが起きてしまっても、タングが指板からはみ出て演奏性を大きく損なったり、はみ出したタングに汚れが付着して見苦しくなったり、といった事態が回避できます。
指板には「ポジションマークなし」が標準
標準仕様では指板上にポジションマークは無く、スッキリとしたクールなデザインです。意匠に加えて「ポジションマークを埋め込む」という作業の人件費とインレイの材料費を圧縮する意味もあります。4弦モデルの指板Rは10″(254mm)で、ヴィンテージ系の指板よりは平たく、バリバリのモダン系よりは丸みを帯びています。もちろんトップポジションが欲しい人のために、オーダー時のオプションとしてドットトップポジションマークを埋め込むことにも対応しています。
影の見え方で、トップが緩やかな曲面を描いているのが分かる
ボディトップは、うっすらと曲面を描くカーブドトップです。このトップ面はボディのくびれ部分で落ち込んでいくことのない、一定な曲面に仕上げられます。手作業でこれを個体差なく施工するのはかなり困難で、「CNCルーターを使うからこそできる」と言われます。ネックやブリッジを受け止める中央部分の厚みはしっかり残されており、外側に行くにつれて徐々に薄くなっていく形状は、ボディ鳴りが良くなるといわれます。また、カーブドトップは抱えやすく、削った分だけ重量が絞られます。
ピックガードやコントロールプレートを使用しないつるんとした外観ですが、それだけに個性的なカラーリングがしっかり映えます。トップはマットに仕上げられて鈍く光り、塗装面は極薄に抑えられるため鳴りを損なわず、塗料が少なく済むぶんだけさらに軽量です。
こだわりのピックアップ「SAYTONE」
SAYTONEのピックアップはすべて「手巻き(ハンドワインディング)」で製造されます。古い工法ですがヴィンテージへのノスタルジーではなく、純粋にコンピュータ制御の自動巻きよりも「手巻きのほうが音が良い」という判断です。4弦ベースで使われるピックアップ「SAYTONE Vantage Set」は 音の立ち上がりと分離感に優れ、ピック弾きでも指弾きでもスラップでも、ニュアンスを美しく表現できます。特にスラップでは、かつてない立体感とスピード感を体感できます。
このピックアップこそがサイトーギターズの最重要部品で、原価の割合も極めて高く、「ピックアップの性能を活かすためにベース本体を設計している」と言っても過言ではありません。高品位な手巻きピックアップとキッチリ作った本体とのマッチングにより、前へ飛んでいく、バンドに埋もれずしっかり主張する存在感のあるサウンドが作られています。かつてヴィンテージのリペアを多く手掛けたこともあって、音色は「ヴィンテージ系だ」と評されることがあります。しかしメーカーとしてその意識はなく、太く甘い柔らかいサウンドからバッキバキのサウンドまで、欲しいサウンドにしっかりアクセスできます。
操作系はボリューム、バランサー、トーンという極めてシンプルな設計です。シンプルではありますが、これだけでかなりのサウンドバリエーションが得られます。また、これらのアッセンブリ(回路)を収めるキャビティはトップ側の曲面に沿った掘り方をしています。これによりボディトップとキャビティの底が平行になり、コントロールポットをしっかり固定することができるわけです。これも手作業では高難度の加工で、CNCルーターが現代のギター製造をいかに変えたかをうかがい知ることができます。
S-420b 背面
サイトーの「S」シリーズは全モデル共通で、
というデザインになっています。サイド&バックのナチュラルの木目と色合いは、トップ面がどんなカラーリングでも美しい対比を生む、ブランドのアイデンティティの一つとなっています。バックプレートとアルミ製ジョイントプレートをブラックに統一するのは、バック面のナチュラルとの対比でシンプルさとカジュアル感を演出する狙いです。オリジナルのカラーオーダーを受け付けていることもあり、自慢のサイトー製ギターを撮影してSNSに投稿する、というムーブメントが起こりました。
また、ナチュラルは木目がバッチリ確認できるため、木材のクオリティを誤魔化すことができません。ナチュラルのサイド&バックは、「クオリティの高い木材を使用している」証拠なのです。また、ここに色を付けない分だけ作業工程の短縮と低価格化を実現しています。
曲線でカットしたジョイントヒールに加え、ジョイントプレートがボディに埋め込まれることで、ハイポジションの高い演奏性が確保されています。ジョイントプレートの材質はアルミで厚みは5mmもあり、強く締めこんでも塗装を痛めたりプレートが歪曲したりする心配がありません。この「5mm」という厚さはなかなか珍しく、ふつうのジョイントプレートの倍くらいあります。
S-420b ヘッド裏
ペグ、ブリッジともに日本のGOTOH社製ハイエンドモデルを使用しています。GOTOHペグの精度や信頼性は高く、高精度で世界に知られるスイスのギターで採用されているほどです。
Blue Guitars – SAITO GUITARS / S-420b Ash/M & Alder/R
グルーヴ感あふれるプレイが知られる武田悟氏によるサウンドチェック。ツマミの設定やピッキングのタッチにより、いちいち良好なサウンドが得られていますね。経験豊富な武田氏をニヤけさせる、使える音を持ったベースです。
では、今度は5弦仕様の「S-521b(ソリッドボディ、5弦、21フレットのベース)」に目を移しましょう。まずモデル名に見られるように21フレット仕様で、フレットを追加した分だけ指板エンド部がやや角ばっています。指板Rは平たい印象の16″が採用されており、弦高を落としたセッティングが可能です。
S-521b
このモデルのために新たに開発されたピックアップ「SAYTONE Five Vantage Set」は、4弦仕様の「SAYTONE Vantage Set」を5弦仕様にアレンジしたモデルです。手巻きならではの立ち上がりや分離感はそのままに、G弦からB弦までバランスの取れた出力が得られます。しっかりとした芯のある音色は、トーンを絞り切っても損なわれません。「パッシブ5弦」という分野に新しい可能性を感じさせます。
S-521b ヘッド部
ペグの配列は4対1となっており、それに合わせてヘッド形状が若干アレンジされています。
1弦ペグの取り付け部分は落とし込み加工が施されており、このモデルならではの個性となっています。
サイド&バックがナチュラルなのは4弦と変わりませんが、5弦のネック幅に合わせたジョイントプレートが使用されます。
サイトー・ギターズのベースには、随所に革新的な設計が盛り込まれています。しかし基本仕様はいたってオーソドックスで、手にした瞬間からストレスなく演奏できます。両モデルの基本仕様を見てみましょう。
弦長とフレット数 | 864mm(34”)。4弦は 20フレット、5弦は21フレット。 |
ボディ材とトップの形状 | アルダー2P、カーブドトップ |
ネック材 | ハードメイプル |
指板材 | インディアン・ローズもしくはハードメイプル(ローズは日本向けのみで、海外向けにはエボニーを使用。メイプル指板では、ネックとの間に黒い化粧板が挟まれる) |
指板R | 4弦:10″(254mm) 5弦:16″(406mm) |
フレット | 4弦:FW51100(ミディアムサイズ) 5弦:FW57100(ジャンボサイズ) どちらもジェスカー社製で、素材はニッケルシルバー |
ペグ&ブリッジ | GOTOH社製(クローム又はブラック) |
操作系 | マスターボリューム、バランサー、マスタートーン(パッシブ) |
ピックアップ | 4弦:SAYTONE Vantage set 5弦:SAYTONE Five Vantage set |
カラーリング | ブラック、ネイキッド(ナチュラル)など定番色、マルーン、オーガストブルーなど個性的な色調で合計15種類。ヘッドはナチュラル、ヘッドロゴはブラックが基本。トップ材の導管を埋めたマット仕上げ。 |
付属 | SAITO Bass Gig Bag(Navy Blue又はBlack) |
表:S-420b及びS-521bの基本仕様
こうしたところに、機能やサウンドだけではない、楽器の顔つきの良さも深く追及するサイトーギターズの姿勢が見られますね。また、4弦と5弦とで指板Rが大きく異なっているところも注目に値します。
サイトーギターズでは、ボディ材やカラーリングを指定するセレクトオーダーが可能です。オプションとして用意されているカラーリングへの変更ではアップチャージされないこと、オリジナルのカラーリングであるカスタムカラーに対応できることなどが高く支持されています。どんなオーダーができるかを見ていきましょう。
ボディ材 | アッシュ2Pへ変更できる。 |
アッシュボディのフィニッシュ | 導管を埋める塗装はアルダー2Pボディと同じ。このほか導管を埋めず、木目の凹凸を活かした「オープンポアフィニッシュ」を選択できる。 |
カスタムカラー | オーダーシートにないカラーリングを選択したり、全く新しいカラーを作り出したりするすことができる。 |
サイド・ドット | 暗闇で光るルミンレイ(Luminlay)へ変更できる。 |
指板にドットインレイ追加 | ホワイトパール、アバロン、ルミンレイの三択。 |
金属パーツ | ゴールドパーツに変更できる。 |
マッチングヘッド | ヘッドをボディと同色にできる。ボディと別のカラーも指定可能。 |
ヘッドロゴのカラーリング | 標準的なブラックやホワイト、外周を残して中抜きした各色の「Line」など、合計13種類が選べる。 |
メイプルフィンガーボード・ライン | 指板とネックの間に挟む化粧板のカラーリングを、ブルー、パープル、ピンクなど6種類に変更できる。 |
表:サイトーギターズのオプション
オプションとして用意されている
この3つを選択するぶんには一部を除いて追加料金を必要としません。また、オーダーであってもピックアップは変更できない、というところが自社製ピックアップの性能に自信を持つサイトーギターズらしいポイントです。
ここまで見てきた「選べる仕様」をまとめて、サイトーギターズのベース1モデルに対してどれだけバリエーションがあるのかを掛け算してみましょう。
というわけで、「22万4千640」という答えが出ました。なかなか膨大なバリエーションですね。ボディカラーではネイキッド(ナチュラル)に人気が集中するようですが、それでもロゴやパーツカラーなどいろいろなポイントで好みを反映でき、オーソドックスなカラーリングにもオーナーのこだわりを込めることができます。
さて、ここまで4弦の「S-420b」、5弦の「S-521b」についてチェックしていきました。この2モデルがいわばレギュラー品ですが、同様の設計で天然木の面白みを生かしたベースが限定的に生産されています。それが「ユニークウッド・プロジェクト(Unique Wood Project)」です。
フシやシミが入っている木材は、本来なら楽器には使用できません。角材の状態で一見問題なくても、加工するうちに内部のシミが露見した場合には、残念ながらやはり廃棄されてしまいます。サイトーギターズはこうした木材に注目して、フシやシミを木材の個性(Unique)と解釈、むしろその個性を楽しむことをコンセプトにしたシリーズを設立しました。
「ユニークウッド・プロジェクト」で使用される木材は、どこかにフシやシミを持っています。しかし楽器としてのクオリティに影響するものではなく、性能や耐久性においてレギュラー品と何ら変わりません。ただし材料の性格上、オーダーで作れるものではなく、また好きな位置にシミが付くわけでもありません。それだけに同じものは二つとして無い、まさにこの世に一つしかないベースです。
以上、サイトーギターズより満を持して発表された2タイプのベースをチェックしました。
シンプルにまとめた逸品です。ショップで見かけたら、ぜひ試奏してみてください。
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