《現代最高峰のベーシスト》マーカス・ミラー

マーカス・ミラー Amazon.co.jp

【生年月日】1959年6月14日
【出身地】アメリカ ニューヨーク
【使用ベース】Fender Jazz Bass

ベーシストであればその影響は避けては通れない現代最高峰のベーシスト、マーカス・ミラー(Marcus Miller)。卓越したテクニックとグルーヴで、マイルス・デイヴィス(tp)、デヴィッド・サンボーン(as)、渡辺香津美(Gt)など数々の一流ミュージシャンの名演を彩ってきた。ジャコ・パストリアスの登場でエレクトリック・ベースの可能性は飛躍的に拡大したが、スタンリー・クラークと並んでその可能性をもう一段階上のレベルに引き上げたのがこのマーカス・ミラーである。

とくにスラップにおけるグルーヴは秀逸で、テクニックから音選びのセンスに至るまでが超一流。トレード・マークはプリアンプにバルトリーニのTCTを搭載した77年製フェンダー・ジャズベース。それまで圧倒的に60年代ヴィンテージが人気だった JazzBass の70年代モデルにも注目が集まるようになったのはマーカス・ミラーの活躍と無縁ではないだろう。

ベーシスト、マーカス・ミラーの誕生

13歳のときにベースを手にしたマーカスは、ルイス・ジャクソンの影響もあり早々にスラップの練習を開始、15歳のときには既にサポート・ベーシストとしてニューヨークで仕事を始めていたというからおそるべき早熟な天才である。

何枚かのアルバム・レコーディングに参加したのち、GRPの所属ベーシストとなったマーカスは、後に素晴らしい名演を多数生み出していく盟友デヴィッド・サンボーンと出会い、アルバム「ハイダウェイ」に参加。その後渡辺香津美「TOCHIKA」や、JAZZ界のレジェンドであるマイルス・デイヴィスの「ザ・マン・ウィズ・ホーン」でプレイ。
そして83年に初のリーダー・アルバムである「サドゥンリー」をリリースし、凄腕の一流ベーシストとして名を馳せていくこととなる。

デヴィッド・サンボーン

「ハイダウェイ」に始まるデヴィッド・サンボーンとの関係はマーカスを語るうえで外すことは出来ない。ハイラム・ブロック(Gu)やブレッカー・ブラザーズも参加した「ストレイト・トゥ・ザ・ハート」での激しくぶつかり合う達人たちとの競演には思わず息を飲んでしまうほど。マーカスはベーシストとしてだけでなく、プロデューサーとしても一流であり、デヴィッド・サンボーンの作品ではプロデューサーとしてもその手腕をいかんなく発揮している。デヴィッド・サンボーンの数多い作品の中では決して1番に挙げる人は多くない作品ではあるが「ヒアセイ」におけるマーカスのプロデュース、ベース・プレイは秀逸。「Jaws」のファンキーなスラップはいつ聴いても心地いい名演である。サンボーンとの「ライヴ・アンダー・ザ・スカイ」での名演はもはや語り草である。

マイルス・デイヴィス

80年代に復活を遂げたレジェンド、マイルス・デイヴィスがベーシストとして指名したのが若干21歳だった若き新鋭だったマーカス。以降マイルスのベーシストとして、プロデューサーとしてマイルスの音楽に欠かせない存在となっていく。「ザ・マン・ウィズ・ホーン」で初めてマイルス作品に参加したマーカスは、一時バンドを離れるも「TUTU」「シエスタ」「アマンダ」など後期マイルス作品の数々に参加。マイルスの作品にグルーヴと彩りを加えつつ、自身の中にもマイルスのスピリッツを吸収していく。中でもマーカスが全面プロデュースを努めた「TUTU」はマイルスの鬼気迫るホーンが最先端の音楽と融合を試みた傑作であり、マーカスのベースとプロデュースのスキルがいかんなく発揮されている。

ジャマイカ・ボーイズ

ジャマイカ地区の盟友レニー・ホワイト(Dr)と、バーナード・ライト(Key)とともに結成されたジャマイカ・ボーイズ。デヴィッド・サンボーンやマイルス・デイヴィスといった大御所との競演、リーダー・アルバムの発表と、ベーシストとして脂が乗ってきた頃に結成されたユニットだけあり、完成度の高さは折り紙付き。削ぎ落とされたシンプルなプレイの中にもマーカスならではのグルーヴが宿りまくり。キャッチーな曲の数々は、彼らのポップ・センスの高さが伺える。サイドマンでもなくリーダーでもない、そんなバンドの一員としてのポジションをとことん楽しもうとするマーカスの笑顔すら浮かんでくる1枚「J Boy」はマーカス・ファンなら是非聴いて欲しい。

リーダー・アルバム

83年の「サドゥンリー」以降、数々のリーダー・アルバムを発表しているマーカス。リーダー・アルバムでは自身が主役なだけあってベース・プレイも全面に押し出されており、やはりベーシストとしてはこれらの作品群は聴かない訳にはいかないだろう。中でも「ティーン・タウン」のカヴァーを収録した「キング・イズ・ゴーン」、ハービー・ハンコック(Key)ら豪華ゲストが参加し、グラミー賞も獲得した「M2~パワー・アンド・グレイス」などは押さえておきたいところ。絶妙なサムピング・アップ&ダウンから繰り出されるスラップ、超絶なタッピング、そしてメロディとグルーヴを自在に操る神懸かり的なプレイの数々に驚愕すること間違いなし!また、リーダー作ではないが、スタンリー・クラーク、ヴィクター・ウッテンという超絶技巧を代名詞とする凄腕ベーシストとともに結成したS.M.Vのアルバム「サンダー」はベーシストなら腰を抜かすプレイが満載なのでこちらも是非。

プレイスタイル

マーカスのプレイスタイルのうち最も有名なものといえば、間違えなくスラップ奏法だろう。アクティブサーキットの内蔵された1977年製のジャズベースの独特のドンシャリサウンドと彼ののテクニックは、どちらもスラップの世界標準といっても過言はない。マーカスの場合、一口にスラップといってもそれだけで本1冊になってしまうほどの多様な奏法をするが、その中でも特に目立つものをいくつか挙げて見ていこう。

ピックアップフェンスの使用

マーカスのスラップといえば、まずはピックアップフェンスの使用が特徴的だ。このパーツは、本来はピックアップの保護などを目的に付けられたパーツといわれているが、マーカスはこのパーツに右手の手のひらを叩きつけるようにしてスラップを行っている。これには右手の力加減を安定させたり、親指のアタックを揃える効果がある。ちなみにピックアップフェンスを愛用するベーシストは、マーカスの他にも、ニューヨークのスタジオミュージシャンであるウィル・リーなどが知られている。

スラップによるメロディ弾き

スラップによるメロディー演奏も、特に自身のソロアルバムなどにおいて多く聴かれるマーカスの得意とするスタイルのひとつだ。サムよりプルが多用されるのが特徴で、またこれはスラップのメロディーに限った話ではないが、左手のスライド・ヴィブラート・チョーキングなどを駆使したニュアンス付けが素晴らしく、まさにベースが「歌って」いるように聴こえる。


Marcus Miller & Keziah Jones – I’ll Be There, Come Together – LIVE HD
jackson5の 「I’ll Be There」とbeatlesの「Come Together 」のライブ映像。「I’ll Be There」はソロベースで演奏され、右手はスラップのほかにもコード弾きなど様々なテクニックが駆使されている。バンドでの「Come Together 」のメロディ部分はほぼプルのみで演奏されている。

サムのアップダウン

右手の親指をピックのように上下させ、親指を持ち上げるときにも音を出す奏法。スラップの元祖といわれるラリー・グラハムなどが得意とする奏法で、マーカスは以前はこの奏法をあまり多用していなかったが、2001年のアルバム「M2」あたりから多用されるようになり、今ではマーカスの定番奏法のひとつとなっている。


Marcus Miller – Bruce Lee – LIVE
2005年のソロアルバム「Silver Rain」に収められているマーカスのオリジナル曲。動きが速く映像では分かりにくいかも知れないが、メロディ部分・ベースソロ部分ともにサムのアップダウンが用いられている。この楽曲でもそうであるように、マイナーペンタトニックスケールを32分音符で駆け下りるフレーズをアップダウンで弾く場面が多く見られ、マーカスの手癖のひとつといってもいいだろう。

32分音符や6連符の多用

スラップのソロでは定番となっている32分音符や6連符などの細かい音符の多用も、マーカスによって広められたといっていいだろう。これらの音符はシンプルに右手のサム・プルを素早く行うものもあれば、左手のハンマリングやプリングと組み合わせるなど様々な方法でプレイされている。


Marcus Miller “Run For Cover” at Java Jazz Festival 2007
マーカスの代表曲の1つである「Run For Cover」のライブ映像。もともとはサックスプレーヤーのデビッド・サンボーンへ提供された楽曲。冒頭のスラップリフから32分音符の細かいフレーズが聴ける。3:39あたりからのベースソロも18番フレーズが満載で、これぞマーカスといった感じの演奏だ。

また、スラップ以外にも様々な奏法を駆使するマーカスだが、その中でも特徴的なものをいくつか挙げて見ていこう。

ミュートをしながらの親指弾き

右手の手刀部分を弦とブリッジの境あたりに押し当て、親指でピッキングする奏法。弦の振動を殺すことになるので、音量・サスティーン(音の伸び)ともに落ち、「ボンボン」といったニュアンスのウッドベースに近い音色になる。マーカスはエレキベースでジャジーな楽曲をプレイする際にこの奏法を多用する。また、右手のフォームがスラップと似ておりそれぞれの切り替えがスムーズなため、スラップで派手に演奏しているところからストンと音量を落とす際にもこの奏法が用いられることがある。


Marcus Miller – Tutu Revisited – LIVE
マーカスの師匠的な存在であり、「ジャズの帝王」とも呼ばれたトランペット奏者マイルス・デイビスに提供された楽曲。マーカス自身もたびたび取り上げている。2:30あたりからのトランペットソロ、6:00あたりからのサックスソロと、親指ミュートによるいわゆるウォーキングベーススタイルのラインが聴ける。とくにサックスソロではそれまでの倍のテンポの演奏になっており、この速いテンポのラインも全て親指で弾ききっている点に注目して欲しい。

タッピング

タッピングというと、右手の人差し指や中指を用いるプレーヤーが多いが、マーカスの場合親指を用いることもある。これには、親指ミュートと同じくスラップとの切り替えがスムーズなこと、親指は太く力も強いためしっかりとしたタッピングができる、といった理由が考えられるd。
「32分音符や6連符の多用」の項目に挙げた「Run For Cover」の動画の4:40あたりで、親指を使ったタッピングが確認できる。

使用機材

77-jazz-bass

マーカスのトレード・マークは77年製のフェンダー・ジャズベース。このベースはロジャー・サドウスキーの手によってバルトリーニのプリアンプTCTを組み込まれてアクティヴに改造されている。また、ブリッジはバダス製のものに付け替えられている。スラップを安定させるためのピックアップ・フェンスが付いていることも特徴のひとつ。

アンプは00年代初期にEBSのHD650を愛用していたものの、90年代から現在に至るまでSWRを愛用している。SWRは自身のシグネイチャー・モデルであるマーカス・ミラー・プリアンプM2にパワー・アンプを組み合わせて使用している。

エフェクターはEBS、MXRやH.A.Zのミュートロンなどを使用しているが、その時その時で必要なものを組み込むスタイルのようである。

名盤:Levi’s (R) Black Presents Antother Side Of Me

マーカスの代表作と言えば「キング・イズ・ゴーン」「M2~パワー・アンド・グレイス」やマイルス・デイヴィス「TUTU」やデヴィッド・サンボーン「ストレイト・トゥ・ザ・ハート」などが挙げられるが、ここではあえて「Levi’s (R) Black Presents Antother Side Of Me」を紹介したい。チャカ・カーン(Vo)、エリック・クラプトン(Gu)などがゲスト参加、ミシェル・ンデゲオチェロもVoで参加するなど、ベース以外でも聴きどころは多いが、やはりその中心にあるのはマーカスのベースの素晴らしさ。「カム・トゥギャザー」におけるまさに「歌う」ベース・プレイは圧巻。もちろん十八番のスラッピングも十二分に味わえるのでご心配なく。