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ギターやキーボードも演奏するマルチプレイヤー「ジョン・デューコン」

ジョン・デューコン(John Richard Deacon)はイギリス出身のベーシストで、ロックバンド「クイーン(Queen)」での活動で知られています。「地獄へ道連れ」、「自由への旅立ち」などのヒット曲を作曲し、ギターやキーボードも演奏するマルチプレイヤーです。

【使用機材】Fender Precision Bass、MUSIC MAN Stingray
【所属バンド】Queen

biography

クイーン加入以前

1951年8月19日、イングランド・レスターシャーで生まれます。7歳の頃両親から買い与えられたおもちゃのギターがきっかけで音楽に興味を持ち始め、のちにアコースティックギターを手にし本格的な音楽活動を開始します。14歳の頃リズムギターでバンドに加入しますが、同バンドのベーシストが脱退しジョンはベースに転向します。ロンドン大学のチェルシーカレッジ電子工学科に入学してからは学業に専念し、同校を主席で創業し名誉学位を与えられます。

1971年1月友人と出かけたディスコでクイーンのギタリスト、ブライアン・メイ氏とドラマー、ロジャー・テイラー氏に出会いクイーンのオーディションを受け採用されます。ジョンが採用されたのは、ベースの腕は当然のこと、その人柄や機械への造詣の深さも決め手になったようです。
ちなみにブライアン、ロジャーとボーカルのフレディー・マーキュリー氏の3人は、何人かのベーシストを起用しすでに「クイーン」を名乗って活動していましたが、公式ホームページでは、ジョンが加入した1971年を正式なバンド結成の年としています。

クイーン

1973年7月、クイーンは1stアルバム「戦慄の王女」をリリースしデビューを果たします。この作品にはジョンが作曲した楽曲は収録されておらず、最年少だったこともありこのころのバンド内での存在感はそれほど大きくありませんでした。
が、74年の3rdアルバム「シアー・ハート・アタック」に初めての自作曲「ミスファイアー」が収録され、この後コンスタントに1~2曲の自作曲がアルバムに収録されるようになります。80年にはアメリカやイギリスなど多くの国のチャートで1位を記録し、クイーンの楽曲で1番の商業的成功を収めた楽曲「地獄へ道づれ」を作曲。バンド内での存在感を大きなものへとしていきます。


Queen – You’re My Best Friend (Official Video)
4thアルバム「オペラ座の夜」に収録されたジョンのオリジナル曲。ジョン作曲の楽曲としては始めてシングルカットされ、イギリスのシングルチャートで最高7位を記録するヒットとなりました。ポール・マッカートニーを髣髴とさせる、中音域を多用したベースラインが印象的です。

83年にはバンドは活動休止期間を設け、メンバー各自ソロ活動を行います。ジョンも、シン・リジィのスコット・ゴーハムらと「MAN FRIDAY and JIVE JUNIOUR」名義でシングル「Picking Up Sounds」をリリースしますが、商業的な成功にはいたりませんでした。
翌84年にクイーンは再始動し、ジョン作曲の「ブレイク・フリー(自由への旅立ち)」が世界数カ国でチャート1位を記録するヒット作品となります。86年には12thアルバム「カインド・オブ・マジック」をリリースし、ヨーロッパツアーを行いますが、このツアーがクイーンのメンバー4人揃っての最後のツアーとなってしまいます。


Queen – I Want To Break Free (Official Video)
「ブレイク・フリー(自由への旅立ち)」のPV。この楽曲は、南米やアフリカなど当時圧政下に置かれ苦しんでいた人々の間では「自由へのシンボルとしての曲」と位置づけられ注目を集めました。

フレディの死

1989年に13thアルバム「ザ・ミラクル」をリリースしヨーロッパ各国でヒットを記録します。が、このころから、フレディがエイズに冒されているのではという噂が聞かれるようになってきます。91年初頭には14thアルバム「イニュエンドウ」をリリースしますが、すでにフレディの体は病魔に冒されており、同年11月24日エイズによる免疫不全により引き起こされた気管支肺炎により45歳の若さで亡くなります。フレディの死後もクイーンは解散はしておらず、たびたびバンド名義のライブも行われています。が、ジョンは「フレディの声以外でクイーンの曲を演奏するのは考えられない」としており、こういった活動には消極的で、フレディーの死後には92年に行われたフレディー・マーキュリー追悼コンサートなど数度しかステージに立っていません。ライブ以外の音楽活動もほとんど行っておらず、現在は音楽業界からは完全に引退しているといっていいでしょう。


Queen, Elton John & Axl Rose – Bohemian Rhapsody (Freddie Mercury Tribute Concert)
92年に行われたフレディー・マーキュリー追悼コンサートのライブ映像。クイーンのメンバーとイギリスのシンガー「エルトン・ジョン」とガンズ・アンド・ローゼスのボーカリスト「アクセル・ローズ」により「ボヘミアン・ラプソディ」が演奏されています。

プレイスタイル

ジョンのプレイスタイルは、比較的シンプルでいわゆる縁の下の力持ち的なプレイが多いですが、特にテンポの遅いバラードなどでのメロディアスなベースラインが印象的です。


Queen – Teo Torriatte (Let Us Cling Together) – (Official Lyric Video)
5thアルバム「華麗なるレース」に収録された楽曲。タイトルから連想できる通り、歌詞に日本語が取り入れられており、日本限定でシングルカットされました。0:58あたりからのバロック音楽のようなクラシカルなベースラインが印象的です。

また、一口にシンプルなプレイといっても、クイーンの楽曲は様々なジャンルの要素が取り入れられており、これらの楽曲に違和感なく溶け込むベースラインを生み出すだけでも、ジョンのベースストとしての技量の高さが伺えます。バンドマンというよりは、スタジオミュージシャンのような一歩ひいた職人気質な考えを持っていたのかも知れません。


Queen – Another One Bites The Dust (Live)
ジョン作曲の「地獄へ道づれ」のライブ映像。この楽曲は、ファンクやディスコなどのジャンルに分類されるノリを持った楽曲で、ジョンのベーシストとしての懐の深さをうかがうことができます。ちなみにこの楽曲のベースラインは、ファンクバンド「シック」のグッドタイムスという楽曲から発想を得たといわれています。

使用機材

ジョンのメインのベースは、フェンダー社がCBS社に買収された後の、いわゆる「ポストCBS」といわれる期間に作られたプレシジョンベースで、仕様から66~7年製のものと推測されます。「ヴェロニカベース」との相性が付けられたこの楽器は75年5月頃まではオリジナルの状態で使われ、一度塗装がはがされた後、76年にネックの交換とボディを黒にリフィニッシュする改造が施されます。その後もジョンは音楽シーンから身を引くまで ヴェロニカベースをメインのベースとして愛用し続けました。

この他には、76年のアメリカツアー時にミュージックマン・スティングレイを購入。アルバム「華麗なるレース」のレコーディングなどにはこちらのベースも使用され、「地獄へ道づれ」のPVやこれ以降のライブ映像などで、こちらのベースを弾いている姿も確認できます。
また電子工学に精通していたジョンは、ブライアン・メイのためにスクラップからアンプを作成しそれが実際のレコーディングで使用されたり、ローディが機材の修理に戸惑っているとたちまち故障箇所を見つけ出し直してしまうこともあったようです。

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